この本は音楽評論家ならぬピアノ調律師が著したもので、図書館の新刊コーナーで題名に惹かれて立ち読みし、そのまま借りて一気に読んだ。ピアノの裏話と言うか、今まで知らなかった実体が見えて面白かった。最も意外だったのはピアニストはピアノを選ぶ、それもスタインウェイと言うメーカーにこだわっていると言うことだった。今まで天才ピアニストはどんなピアノでも、調律さえ完璧ならば自由に弾きこなせるものだと思っていた。ところがピアノ個々には弾きにくい、音が出ない、鳴ってないなどの固有差があって、同じピアノは2台とないようだ。しかも、技術革新の現代よりもラフマニノフが生存していた頃の巨匠時代の方が、素晴らしいピアノが多かったようだ。なに分、モーツァルトやベートーベン時代のピアノは音量も小さくサロン中心の小規模な場で演奏されたが、巨匠時代のピアノになるとカーネギーホールのような3000人もの聴衆の前で、ppppからffffのワイドレンジがホール隅々まで鳴り響くまでに改良されたようだ。巨匠の一人、ホロビッツはスタインウェイ社と契約して一番気に入ったピアノを最高の状態に維持させて独占使用し、コンサートの度に世界各地にこのピアノを持ち出したとのことだ。こうした裏側の話が多く語られていて、読むに飽きない書物だった。とは言え、著者が以下に記した音楽観は独特なものがあり、私にとってはとても違和感があった。
『クラシックと呼ばれる西洋音楽は、その時代、時代で国を越えて常に新しい音楽形態を求めて形を変え「進化」してきました。クラシック音楽は芸術と言われる所以がそこにあります。形を変えずに同じことを繰り返していくことは芸術ではありません。芸術は、常に新しいことに挑戦していかなければなりません。』 私にとっての芸術は至福の歓びや感動を与えるものであって、「進化」、「挑戦」、「不動」、「普遍」などの言葉で置き換えることのできないものと思っている。