5/13付けブログで紹介した枝豆と落花生は、悲しいかな発芽したのはわずか2つのみです。その確立たるや、12%(2/17)と低迷しました。本日、今度はビールの邪心をふり払い、再度の種まきをしました。一方、本日の春野菜収穫はザル1杯で、最近ではイチゴが加わりました。小粒ながら、甘くておいしいです。今夜の食卓も瑞々しさだけは我が家自慢です。
ゴミ収集、そして芝手入れのボランティア
きのう、きょうと連日のボランティア。きのうは年1回の市内一斉清掃日で、地域の道路沿いのゴミを収集しました。田舎ならではの朝7時集合で、30分程のよき運動でした。
本日、5/27は居住地・共同スペースの芝の手入れです。幹事さんから今年初めての号令がかかり、住民およそ十数名で作業しました。今後、夏場は月1回ペースで共同地のメンテをします。ついでに我が家の芝も今年初めての刈り込みをしました。初回なので、深ぞりしないように刈り込み高さは25mmとしました。通常は15mm以下にしていますが、我が家ではまずまずの仕上がりでした。この試運転後、ボランティア作業に臨みほんの30分程度で終わりましたが、その後の青空昼食会が盛り上がって、お開きは午後2時を廻りました。いづれのボランティアも楽しいひとときでした。
写真Galleryに上高地シリーズを追加
5月25日の上高地行きで撮影した写真を「岳沢小屋へのトレッキング・コース」と「河童橋から明神池へのハイキング・コース」に分けて、写真Galleryに登録しました。今回は、晴天が売りです。山にご興味のある方は上記写真をクリックしてご覧ください。
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上高地から岳沢に行ってきました
5/25(土)、岳沢(だけさわ)小屋(標高2330m)に行きました。上高地からは片道約4km、標高差はおよそ700mです。家を朝5時に出発して沢渡駐車場からタクシーで上高地の河童橋まで行き、7時頃から登り始めて約2時間半で小屋に到着しました。早めの昼食を済ませて12時半頃に下山し、ついでに明神池を経由して午後3時過ぎに河童橋に戻り、また来た順で家に向い午後5時頃帰宅しました。ピリカンのとても良い日で、生まれて初めてアイゼンを使って山登りし、小屋近くの360°パノラマ風景は最高でした。長い1日で疲れましたが、山仲間のご夫婦のサポートもあり、とても達成感のある素晴らしい体験ができました。明神池を含めた写真集は後日、投稿します。
季節の挨拶 – 山青く、風そよぐ麦畑
山々の新緑はまばゆく、5月の風によそぐ麦穂も心癒されます。安曇野の春は短く、涌き上がる雲はもう夏の気配です。
陶器の不思議、発見
コンサートホールでのCD鑑賞会
本日、行きつけの「あづみ野コンサートホール」で生演奏ならぬオーディオ音楽会があって、様子見に行ってきました。音楽愛好家の方がコンサートホールを借り、自前のオーディオをセットして好みのCDを聴かせる初めての試みで、無料開放に20人程度のマニアが集い、クラシック、ジャズそしてボーカルを楽しみました。さすが、コンサートホールならではの音響効果で、みずみずしい音の通った生演奏に近い音を堪能しました。会場は小さなホールながら音響空間が広く、教会音楽のオルガンなどは自宅では味わえないホールトーン効果が印象的でした。様子の一部を収録しましたので画像をクリックして、その雰囲気を味わってみて下さい。ジャズもなかなかのもので、リンク先の音楽再生も極まってました。この鑑賞会、まだ初回なので、これからルーチン化したらいいなと思ったりしてます。
用語集、「安曇野」完成
安曇野ライク「言の葉」の用語集は作業が滞り、充実どころか遅々として進んでおりませんでした。何とか打開しようと、用語「安曇野」の中で棚上げ状態の「歴史」後半部分と「文化」を仕上げ、本日、更新・ファイナライズしました。pukiWikiなるデータベースソフトのコンテンツ作成にも何とか慣れてきて、ようやっと思い描くページ作りができるようになりました。よろしければ、リンク先をクリックして私にとっての力作をご覧下さい。
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芝手入れもそろそろ本腰
2年半ぶりのクラス会
安曇野への転居以来、約1年半ぶりに上京し、高校のクラス会に出席して翌日のきょう戻りました。初日のクラス会ではかなりアルコールも入ったのですが、少し真面目に捉えて以下に回想します。 
5/14(火)久方ぶりのクラス会だった。群馬県T高校(69期)3年8組のクラスで東京に集まることで意気投合した小会合なので出席数はいつも1桁、今回は2年半ぶりに6名が集った。顔は皆、変わってない。でも太った人もいれば逆に痩せた人も。前回とのインタバルの間、60歳定年もあったが、仕事を辞したのは私のみ。皆、開口一番に「仕事は何してるの?」「仕事は順調?」「まだまだ70までは働きたいよ」など、皆フルタイムの現役で、当方とのギャップの距離は銀河系サイズ。名刺交換を交え、各自の紹介も盛り上がり、私の居場所はますますピンチに!いよいよ自分の出番になると、今までの和やかなラウンドテーブルが一気に仕切り直され、皆から多種多様の集中砲火。「なぜ仕事を辞めたのか」「なぜ実家の群馬ではなく、安曇野に移住したのか」等の問いはまだましで、「野菜作りだけで喰っていけるのか、野菜を売っているのか」など、私のブログが各人の中で消化不良をおこしている模様。これは聞き捨てならぬと以下の自説を力説した。
- 我ら団塊の世代はもはや年寄りで、これから確実に老い込んでいく。仕事が全てではないはずで、やりたいことをやれるときにやるには今からしかない。
- 古くからの願望で、60の定年を機に人生のオフセットをして新たなスタートを切るには定住地では意味がない。と言うか、今までの定住地ではできない。
- 山とスキーを好みつつ、住むには起伏や積雪の少ない台地で、風光明媚と適度の癒しがあるとなれば、安曇野へ移住したのは当然の帰着。
- 仕事は思いきって辞めて、後進に道を譲るべし。特に地方は就職難で若手のチャンスを摘まないよう、ロートルは静かに去るべし。
- つつましく贅沢をしなければ夫婦二人の生活は年金で可能なはずだが、今のところ65歳前でもあり、プラスの企業年金に一部頼っている。暮しの経済は「田舎ぐらしの方が金銭的に楽で、お金への執着度は都心から離れるとぐっと薄らぐ」と思っている。
- 野菜作りは健康作りの範疇であり、売ったり買ったりの金銭問題ではない。
思考と実践は車の両輪が如くの関係にはなく、難問ほど葛藤を伴うので、最後は決断が決め手と常々考えている。そして、衝動的なヒラメキも決断の有効手段と思っている。悩んだ末のヒラメキに誤りは少ないと思うのは私だけか...。もったいぶった言い方だが、これは今の移住地を決める時のいきさつでもある。ターニングポイントは意外と衝動的とも言える出会いだった。






