掲題の本は今年前半の芥川賞候補の5作品の中の一つだ。インドを舞台に日本語教師の主人公がよもやま話を綴った内容は私小説のようだった。大洪水の後に主要な橋を渡り始め、渡り終えるまでの間に去来した想いが時空を超えて勝手気ままに描かれている。その多くが実際に体験したり見聞した内容をもとに描かれているが、どこまでが本当で、どこからが虚構や作り話なのか判然としない。この曖昧さに加えて筋の通ったストーリ展開がなく、読者は嫌気がさすか、氾濫する話に返って面白味を覚えるかのどちらかだろう。私は後者で、けったいな小説に飽きることなく面白く読めた。一例を挙げると、通勤ラッシュを避けて鳥人が如く滑空する会社エグゼクティブは当然作り話で、駆け落ちしたカップルを出した家族は世間からのけ者にされてさげすまされるため、その家人は名誉挽回でカップルを探し出して殺害する「名誉殺人」は今だ絶えず、加害者は罪に問われることは稀、というのは本当の話なのだそうだ。筆者は50代の女性で、洗練された文体はとても新人とは思えなかった。
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