3.11 震災、あれから15年..

今日は震災15周年。テレビでは特集が組まれ、被災地の各地では鎮魂イベントを通して祈りが捧げられた。15年経った今なお、傷あと深く大災害の心痛の凄まじさを再認識した。当ブログでの過去ログを見て、いくつか時系列に記述をひろってみた。

2021.3.11
今日は震災10周年、メディアの全てで大きく報じられた1日でした。こんな日、自由気ままな当ブログとは言え、あさってなお題の投稿では不謹慎とは言わないまでもとても不適切でお叱りを受けるのが必定でしょう。ここは真摯に哀悼し、これからの平穏を祈るばかりです。被災地の甚大な被害は未曾有の如くで、犠牲になられた方のご家族は「喪失した悲しみは一生、和らぐことがない」主旨の取材レポートを目の当たりにし、その悲惨さに言葉を失います。誰しもが震災当時の辛い思い出があって、震源地から遠く離れていた私の周辺でも、

  • 電気などのエネルギー源、電話、交通機関のインフラが長時間ダウン
  • 帰宅難民であふれ、迎えに行く車で大渋滞
  • ガソリン欠乏でわずかな量を求めて給油所に長蛇の列
  • 計画停電がライフラインにも支障

と、いろいろありました。災害に明け暮れた平成、令和になっても自然の猛威は依然衰えません。息災を願い祈るとともに、今こそ一人一人が防災意識をしっかり持って立ち上がるべきことの大切さを再認識した1日でした。

2017.3.11
東日本大震災から丁度6年が過ぎました。今日はその記念日でテレビをはじめ特集が組まれ、またあらたに6年前を思い起こしました。当日は首都圏でも大混乱で、帰宅難民で溢れかえっていました。夜通し停電となり交通マヒは到るところで、深夜に娘を横浜のとある駅に迎えに行った記憶が蘇りました。高速道路はさほどの渋滞ではなかったものの市中の一般道路は大渋滞で、夜を徹しての脱出劇でした。金曜日の出来事で、翌日からは志賀高原で週末スキーを予定していたのですが、それどころではなくなりその後知らされる悲惨な状況にただただ驚き悲しんだことを昨日のように思い出しました。あれから6年、今だ復興がままならない状況にさみしさが募ります。

2015.3.11
20150311今日は東日本大震災から丸4年。朝から各テレビ局の特集番組が放映されました。その中で、WOWOWの題記の無料放送があって、これを視聴しました。ロッシーニ歌劇場管弦楽団が震災の慰霊と支援に初来日してのコンサートです。ロッシーニのオペラをはじめ、トリはモーツァルトの鎮魂歌「レクイエム」に至るまで3時間を超える生演奏でした。写真はステージのバックに陣取った私設合唱団が最後のアンコールに復興支援歌「花は咲く」を歌った瞬間を写したテレビ画面です。大合唱団がしみじみと万感を込めて歌い上げた表情がとても印象的で、この曲が一番よかったかなあ ...。

201503122015.3.12
昨日のブログで紹介したコンサートで最後に歌われた題記の曲に思いが巡りました。震災記念日の昨日から遅ればせながらの投稿です。この曲は震災1年目に復興支援ソングとして誕生しました。NHKのプロジェクトとして、復興支援のために東北地方の著名人を集めてプロモーションビデオが制作されたのです。この歌は死者と生者とが歌い交わしていて、歌い手の一方は亡くなった人があの世から現世を見つめて歌い、そして生き残った人が亡くなった人を偲んで歌いかけているのだそうです。作詞の岩井俊二さんはこう語っています。

「難しい仕事でした。さてどうしたものかと思案する中、被災した石巻の先輩が語ってくれた言葉を思い出しました。『僕らが聞ける話というのは生き残った人間の話で、死んでいった人間たちの体験は聞くことができない』。生き残った人たちですら、亡くなった人たちの苦しみや無念は想像するしかないのだと。亡くなった人たち、生き残った人たち、あの震災を遠くから心配していた人たち、3・11から今に至るまで、それぞれが一体どんな思いをしているのか、数行ではとても描きようもない想いの、せめて僅かな片鱗でも書き留めることができたら、という想いで書きました」

安曇野の風 について

安曇野に巣くう極楽トンボ
カテゴリー: イベント パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。