J.A.オールスン「特捜部Q アサドの祈り」を読んで

掲題の「特捜部Q」シリーズの第8作目を読んだ。7作目までを2017年12月から半年かけて読んだので、実に6年ぶりの再開となる。でも読書歴は自分の都合なので、小説の履歴を紐解くと日本語訳の1作目の初版が2011年6月で今回の作が2020年7月となっている。ついでながら、まだ読んでないシリーズLatest版の第9作目の発刊は2023年6月でまだシリーズは継続中だ。更に踏み込むとこれらの発刊日は原本のデンマーク語をドイツ語に訳した本を更に日本語訳して発刊したので、このタイムラグも1,2年はありそうだ。シリーズ全体を通して共通しているのは、事件は各作品ごとに終結しているが捜査陣の時間軸はそのままずっと継続している。例えば、主人公マークの同僚のハーディは銃撃で瀕死の重傷を負い寝たきりになっているが毎回登場したり、事件簿とは無関係にプライベートな生活の歩みも変化してきている。事件の背景には社会が抱える課題やテーマがタイムリーに取り挙げられているのも共通している。そんな中、文中に「中東では悲惨な事件がたくさん起き、ヨーロッパには過激な思想が広がっている。ー中略ー ロシア対ウクライナ、イスラエル対パレスティナ、あちこちでポピュリストがリーダーとなり、内戦がとどまることがなく先が見えない..」を目にしたときには思わず身震いした。そして本作では捜査陣4人の中で主人公の相棒でイラク出身のアサドの素性の全貌が初めて明らかにされた。過去の凄まじい生き様や敵対者の怨念がここに来て再浮上し、舞台をスペイン、中東、デンマーク、ドイツに変えて凄惨なバトルが展開し、終焉するストーリとなっている。本シリーズはミステリーにカテゴライズされ、推理小説と違うのは最初から犯人がわかっていることだ。言語に絶する悲惨な犯行の暗さに対して捜査陣の開けっぴろげな陽気さが対照的なところが面白く、あまりの暗さでも途中放棄せずに毎回、のめり込んでしまう。今回も再認識し、Primeビデオで観た映画の暗さが本と決定的な違いを印象付けた。

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