ふとしたキッカケで、Amazon Musicのアプリをダウンロードしてよく聴くようになりました。当ブログ6/21に記したAmazonプライムデーですが、その時いろいろと物色して何か買おうとAmazonのプライム会員になりました。今のところ1ヶ月間は無料で、その後は月500円の課金がかかりますが、会員特典にいくつかあって、今日はその中でAmazon Musicを紹介したいと思います。スマホにAmazon Musicのアプリをインストールして利用するのですが、そのスクショ例が以下の通りです。画面、左から、
- ①
- ②
- ③
- ④
① スマホにインストールしたAmazon Musicのアプリで、まずはこれをクリック。
② アプリ・ホームでよく聴くのはクラシック、今日はその中でサマータイム。
③ 選んだ番組の曲が聞けます、気に入れば自分のプレイリストに登録できます。
④ 自分のプレイリストにアクセスして、集めた曲を聴けます。
結構、使い勝手がよく、用意された番組の中に分け入って聴き、懐かしい曲をプレイリストに登録して聴いたりできるのが売りですね。また、曲を検索して聴くのに文字入力のほか、ボイス機能でiPhoneのSiriのように言葉で命令もできるようです。しばらくはハマりそうです。




第165回芥川賞候補作で題記の作品を雑誌を通じて読んだ。筆者は大学で哲学の教鞭を執る教官で、1年半前の162回芥川賞候補にもノミネートされていて、わりと有名人らしい。作品内容は自らの私生活を綴った小説のようで、以前にも読んだ芥川賞候補作と似た感じだ。性的マイノリティを題材にした一種のゲイ文学を色濃く感じ、前にも似たものを読んでいたので、新鮮さもなかった。どうもこの種のトランスジェンダーまがいのものを文学に持ち込むのは辟易として読むのも辛かった。それでも、今回の内容をダイジェストにまとめたような作品が昨今の川端康成文学賞を受賞していて、文学界で波紋を拡げているのは確かのようだ。どうしてこのような作品が評価されるのだろうか。今回、芥川賞を受賞しないのを祈るばかりだ。
以前に読んだ「陶酔短篇箱」の前作にあたる題記の短編集を読んだ。前回読んだ作品は「動物」がらみの生き物たちがそこかしこ登場し、撰者の小川洋子がこれぞと陶酔した様を色濃く感じた短編集だった。今回の偏愛編では小川洋子のいかにも偏った思い入れが込められた短編集で本のタイトル名をなるほどと思い知った。選んだ短編は16篇、全体のバランスなど考えない、筆者の男女比率、題材の偏りなどどうでもいい問題で、むしろ偏っていることを追求した結果が1冊になった、とは編集した小川洋子の言葉だ。何の脈略もなく、唐突さも流れに任せて読み進む心地よさを楽しめた。それでも1作品づつがとても深みがあって、最後に小川洋子の作品解説を読み解くもの面白かった。短編作家の簡潔したストーリーの先を見透かしたようなエッセイ、多くは自らの実体験、ほのぼのとした母親目線など、小川洋子ならではの感受性の豊かさを存分に味わえた。世に短編集はあまたあるが、こうした目から鱗の解説付き短編集に巡り合えた喜びはひとしおだった。














