ジョン・コーンウェル「ヒトラーの科学者たち」を読んで

分厚く難解な文章が続き、9月はずっとこの本ばかりを読んでいたような感覚で、やっと読み終えた。20世紀前半のドイツの科学者たちが、ヒトラーのもとでどのように行動したかを克明に綴った本だ。20世紀初頭のドイツは世界科学の中心地で、科学分野のノーベル賞受賞が半数以上を占めた科学立国だ。傑出した逸材の中でユダヤ人も多くヒトラーの反ユダヤ政策で、アインシュタインをはじめ、フロイト、ハーバー、シュレーディンガーなどの超エリートは迫害を逃れて亡命している。その一方で、ナチズムの考えの形成にも、科学者たちが大きく貢献している。ダーウィンの進化論を曲折してアーリア人を尊重し、その他雑種を排除する人種衛生学や優生学なる考え方が台頭し理論構築されて、その後のユダヤ人排斥運動にもつながっていく。この本ではヒトラーを取り巻く100人以上の科学者たちの挙動が列挙され、さまざまな生き様が描かれていて、およそこの時代の科学の流れが政治に翻弄されてきたことを思い知らされた。この本で思いを新たにした幾つかは、

  • ヒトラーは独裁者として、世界を席巻していたドイツ科学を兵器分野に応用し、さぞ強力に戦闘・戦略に利していたものと思っていた。が、意に反してヒトラーやゲーリングは自らの幼稚な科学妄想を追い求めてこれに固執し失敗し、国力を脆弱化させたようだ。
  • 核兵器開発でしのぎを削っていた時代で、ドイツの頭脳指導者であるハイゼンベルクの活動がこの本の全体を通して記述されているが、世界の核開発の先頭を走っていたドイツがこのハイゼンベルクのミスリードで遅れをとったことが詳説されている。党員でないハイゼンベルクのヒトラーへの反駁と思っていたが、そうではなく人道主義でもない実力相応だったようだ。
  • ハイゼンベルクほかドイツに留まった多くの著名な科学者は大勢に巻かれて止むを得ずに任務遂行をしたと思っていたが、ナチの残虐な施策に協力していたことを反省や後悔もしていないことに驚いた。その多くが大戦後のドイツで平然と学術活動に返り咲いている。

色々なことを考えさせられた本だった。

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