今日はわが菜園から出た廃棄物を燃やしました。年に数回、灰にして畑の土壌改質しています。何やら燃え殻はアルカリ質の灰となり、痩せて酸性化した畑を中和して活性化させる効果があるそうです。法的には全国津々浦々、戸外のたき火は一切禁止されているのですが、例外として農地から出た廃棄物の焼却は届出ることで認められています。農家さんの多いこの地方では、いずこか毎日のように田畑を焼いていて、特に届け出ることなく作業することが慣習化しています。都市化の進んだ首都圏近郊の農地などでは、焼却で住民間のトラブルがよくあると聞きますが、ここは至って平穏です。と言い訳がましくなりましたが、本日の焼却では、ほとんど燃えてかさも減りました。でもどうしても燃え残しがでます。それに引換え農家さんは雨の日も見事に燃やし尽くすことができて、技量の差は一向に埋まりません。
焼き畑農業?
焼岳登山のWeb記録
噴煙の焼岳、道中は紅葉まっ盛り
塩の道【千国街道】その2 池田町編
「塩の道 漕げば自転車 池田町をゆく」と、今回も自転車の旅だ。前回は3ヶ月ほど前にわが街、安曇野を縦断する塩の道を散策した。今回の出発点は前回の終着地、高瀬橋を渡った安曇野市と池田町との市境からだ。自宅からここまでは自転車で約30分、本番に備えて一応、電動アシストの電源を切ってきた。ここからは電源ONして、のんびりと足こぎをしながら、いざ出発!
池田町は里山の低山をバックにした丘陵地帯で、北アルプスを見渡すように南北に延びている。塩の道は幹線道路の脇に並行して伸び、丘陵地の中腹沿いには別の北アルプス・パノラマロードが並走していて、それぞれの道には異なった赴きがある。この辺り一帯はIターンの別荘エリアとしても人気があり、道中にはかくしゃくとした伝統家屋に交ざって、北欧風の住居も目立つ。塩の道は北アルプスの遠景を楽しみながら田園地帯に沿って当初はなだらかに、そして大町市近くからはアップダウンの多い道となる。市境を越え電動アシストが悲鳴を上げる坂道を登りきって、今回のゴールである国宝「仁科神明宮」にたどり着いた。「塩の道」– 池田町編、約10kmの小さな旅も終点だ。道中に眺めた有明山、餓鬼岳、北葛岳、針ノ木岳、蓮華岳の北アルプスの山々は青くかすんで、荘厳な佇まいだった。
中山七里「追憶の夜想曲」「いつまでもショパン」を読んで
題記の作家は馴染みがなく、図書館の新刊コーナーにあった1冊を借りて、初めて読んだ。あまりのショックにどんな作家なのか、もう1冊借りて読んだ。
「追憶の夜想曲」は法廷闘争を描いた小説で、主人公は弁護士。出だしは神戸の酒鬼薔薇事件の犯人を彷彿させる、この弁護士の生い立ちから始まり、最後のどんでん返しまで二転三転するローラーコースター展開にど肝を抜かれた。それにしても後味の悪い小説で、前に読んだ直木賞受賞の黒川博行と言い、昨今はモラル欠如の作家が多いのに閉口する。

「いつまでもショパン」はショパンコンクールを舞台に繰り広げられるピアノコンペのバトルと殺人事件をミックスした小説。サスペンス事件の方はあまり盛り上がりを感じなかったが、ピアノコンペの解説が延々と続き音楽評論の如き中身に精読させられた。音楽内容はピアニスト「仲道郁代」の監修もあって、当を得たものであり、CD鑑賞のおさらいをしながら読んだら、読破に11日も要していた。5年に1度のショパン国際ピアノコンクールの裏側を垣間見たようで面白かった。
ミニトマト、撤去
週末は産直めぐり
戸隠、秋のパワースポット
マンデビラ、その後
栗拾い
栗林に足を踏み入れ、ちょっとうす暗い地面に慣れてくるとあたり一面にむき出しとなった栗の実とイガに出くわす。見上げれば、たわわになった枝にはイガからはち切れんばかりの実が天空に泳いでいる。そのあまりの多さに驚き、あれもこれもと拾い集めるうちに、こんなに採ってしまっていいのか、と妙に怖じ気づいた自分に気づく。いつの間にカゴには栗の実が一杯だ!
先週末に群馬に里帰りして、親戚の家で栗拾いしました。上記はその時を思い出して手記したものです。持ち帰った栗をご近所さんにお裾分けしたところ、美味しかったとご好評を頂きました。少し手前味噌になりますが小布施の栗にも負けないのでは、とここに遅ればせながらご報告いたしました。







